菅原道真と怨霊

何度でも行ってみたいと思っているのがパワースポットといわれるもので、自分の住んでいる九州でも探せばたくさんあるということです。ところで九州といえば菅原道真さんの太宰府天満宮ですよね。そこは「とび梅」などの伝説などもあってロマンテックなところですが、学業に効力のある神社でもあるということはよく知られていますよね。


太宰府でも衣食もままならない厳しい生活を強いられていたということは、あまり多くの人たちは知らないということでしたが・・。その後朝廷でも無実が証明されるということがあって、学問の神様として現代におけるまでに人々の信仰を集めているといいます。

その道真さんもとうとう京都に戻れないまま、太宰府で亡くなってしまうということですが、亡くなったのは誕生日と同じ2月25日であるということです。それで、その痛いを「味酒安行うまさけのやすゆき)」という人が運んでおりましたら、「安楽寺」の前で突然動かなくなったという話が残っています。「味酒安行うまさけのやすゆき)」さんは、大宰府の北東の三笠郡の辺りに運ばれることになっていましたが、仕方なくそこに葬ることにしたということです。それが太宰府天満宮であるということです。

しかし、実際には、鹿児島県薩摩川内市東郷町の菅原神社で菅原道真が死去したとされたとの言い伝えもあるということで、お墓も残っているということがあります。鹿児島とも縁の深い人でもあったということですが、とにかく菅原道真さんを祭った神社は全国にも多いようですね。菅原道真さんは、もともと京都の方から身に覚えのない罪をきせられて太宰府に左遷させられて来た人だということがあります。

それは藤原氏の陰謀で「謀反(むほん・反逆のこと)の疑いがある」ということで会ったのですが、その後この藤原氏の身のまわりに次々と怪奇現象が起こっていくのです。菅原道真を左遷させる陰謀に加わった中納言「藤原定国(ふじわらのさだくに)という人たちが若死にしたり、陰謀に手を貸した人たちが「雷」に打たれて亡くなったり、原時平という人が狂い死にしたり、底なし沼にはまって死んだ人もいれば若死にした人も多いということで、菅原道真を大宰府へ左遷するという詔に関係する全ての書類を焼き捨てたときにまわりにいた僧侶や役人を焼死させたり、「清涼殿」に雷が落ちたり、そのような不幸な出来事は菅原道真の怨霊による祟りであると信じられて朝廷はもう大変な騒ぎであったといいます。

そういうことで菅原の左遷に大きく関係した人たちのほとんどがなくなってしまうというわけです。しかもそれを菅原の道真は予告しているといいますのでよっぽどこころに大きく残った出来事であったのでしょう。それで、最初は「北野天満宮」と呼ばれて「学問の神様」ではなく「御霊」もしくは「雷神」として祀られていたということがあるようです。

太宰府天満宮の見どころは、春に咲く6000千本の白梅・紅梅だということです。記念植樹や奉納によって植えられ田物がほとんどだということで美しい花を咲かせるということですよ。また、4月には約500本の桜も咲き乱れて訪れる人の楽しませてくれるということがあります。

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